いくぜよ!高知

幕末の志士 坂本龍馬ゆかりの地をたっぷり散策

行くぜよ!高知

坂本龍馬を知る旅

龍馬の略年表 龍馬の歩んだ歴史と生きた時代を知ろう。

略年表

龍馬の誕生地

坂本龍馬誕生地の碑

現在の高知市上町1丁目、国道33号線沿いの上町病院前に龍馬誕生の碑がある。碑は吉田茂の揮毫により築かれたもの。龍馬の誕生日であり、命日でもある11月15日には「龍馬生誕祭」が毎年この地で行われている。

竜馬のうまれたまち記念館

幕末の英傑・坂本龍馬の生涯と家族、彼が生まれ育った高知県上町の歴史と文化、龍馬のあとを継いだ人々について知る事ができる。内装は当時の街並みを再現しており、龍馬が生きた時代に思いを馳せることができる。

日根野道場跡

龍馬が14歳から5年間通った日根野道場。ここで龍馬は剣法や居合、槍、棒、薙刀、騎射、水泳、水馬などの武芸を身につけ、小栗流の「和平法事目録」「和兵法十二箇条」「和兵法二十五箇条」や「和兵法三箇条」等を伝授された。

才谷屋跡

坂本家の本家にあたる「才谷屋」は高知城下屈指の豪商であった。龍馬の亀山社中や土佐海援隊で発揮された大胆な発想やビジネス感覚は、血筋が大きく影響しているかも知れない。龍馬の変名である「才谷梅太郎」はこの本家からとっている。

龍馬とつながる人々

龍馬と同じく土佐に生まれる。
幕末の代表的な志士の一人で陸援隊を組織統率する。
薩長同盟における最大の功労者であり、幕末維新において
大きな功績を残した。
近江屋事件で龍馬とともに死んだ盟友である。

号は瑞山、諱は小楯、通称は半平太。龍馬とは遠縁にあたる。
藩内では下級武士にあたる白札郷士という身分でありながら
土佐勤王党を結成し、党首として活躍した。
尊皇攘夷を志して奔走したが、龍馬が亀山社中を結成した1865年、
瑞山は獄中で切腹させられた。

武士から実業家に転進した三菱財閥の創業者で初代総帥。
明治の動乱の中、政商として巨万の富を得た人物としても
有名である。龍馬とは海援隊の会計を担当したほか、
酒を酌み交わすなどの交流も持っていたとされ
龍馬が長崎を離れる際には多額の餞別を贈っている。

土佐国中の浜で生まれ、漁の際に遭難し日本人で
初めてアメリカの地に足を踏み入れた人物。
帰国後は、通訳や教師として活躍し、日米間の国際交流における
礎に多大な影響を与えた。万次郎によってもたらされた西洋の
文化思想は幕末維新の志士達に大いなる影響を与えたといわれる。


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